はやくして

私は、最果タヒさんの詩が好き。

タヒさんのツイートを引用して「生きていることが寂しい」とツイートしている人を見た。なんで寂しいんだろう。わたしたちは、ぽかぽかの胎内ですくすくと大きく育ってこの世に生を得た。そして、あたたかな愛に包まれて育ってきたはずなのに。どうして、こんなにも寂しいんだろう。わたしのこと好きじゃない世界ならわたしはこの世界が嫌い。

あたたかな気持ちになれるのは冷たくされるから。寂しいのはしあわせを知ってるから。しあわせは生まれた時からきっと内側にあって、寂しさは年齢によってずるずる引き出される。

内側のしあわせを守るために、外側を気にする。何がしあわせでふしあわせか。わからない。その場しのぎでいいや。嘘ついても、これで寂しさが少しでも紛れたらいいの。

でも寂しさは、計り知れなかった。もはや寂しさが一人歩き。しあわせは1人で歩かない。ちゃんとわたしも連れていってくれる。だけど、寂しさは置いてけぼりにするの。もうほっといて。誰も見つけないで。ここにいることが恥ずかしい。誰かじゃなくてあの人に見つけて欲しい。ずっと、抱きしめて欲しい。きっと生きていることが寂しい気持ちは、すぐにしあわせが返ってこないから焦らされてるような気持ちからじゃないかな。それもまたわからない。わからないを探す。わからないがしあわせ。わからないことが寂しい。わからないことがあの人とわたしのため。寂しい未来。これが今はしあわせ。ばかみたい。それでもいい。これもわたしの計算なの。気づいてほしいのはあの人だけ。

 

早く迎えにきてって何度も連絡してるのに。